変わりゆくお花畑 2021年12月19日
第一章 高山のお花畑
久米 記
「いちばん楽しかった時を考えると、高山の花のあいだで暮らした、あの透明な美酒のような幸福の夏の幾日が思われる。・・・・・・・」尾崎喜八 『お花畑』より
昭和の登山黎明期に活躍した詩人、尾崎喜八さんの詩には、こうした山の花をうたいあげたすばらしい作品が幾つかある。
では、お花畑とはどんな所なのか? 登山をしない人は、菜の花畑とかひまわり畑とか、畑に花が満開の様子を思い浮かべるかもしれない。また、花畑の頭に「お」が付いてお花畑と呼ぶのにも多少の違和感を持つことだろう。しかし、これこそが登山する者のロマンチックな心の表現に他ならないのだと彼は言う。
[スイス グリンデルワルト郊外のアルプ]
[スイス アルプ・バッハ・ゼーよりシュレックホルン(4,078m)]
お花畑は、厳密には高山の森林限界を超えたアルプと呼ばれる草原を指し、ヨーロッパアルプスでは標高2,000m以上、日本アルプスでは4,200m以上となっており、日本には気象学的には存在しない。しかし、日本アルプスや北海道の大雪山のハイマツ帯と呼ばれる灌木帯の間にわずかに似たような場所があり、そこを高山帯と呼んでいる。これは、世界有数の多雪地帯である日本海側や、激しい気候による風衝地の多い日本の高山独特の局地的現象と言われている。お花畑はそんな厳しい気象条件の場所にひっそりと存在しているのである。
第二章 日本のお花畑 ヨーロッパアルプスの気候に最も近いのが北海道である。当然、夏は涼しく冬の寒気は非常に厳しい。もし、ここに富士山や日本アルプスが存在していたなら、本格的な山岳氷河をまとっていたことだろう。大雪山の標高2,000m以上の寒原台地は灌木帯(ハイマツ帯)の上限に当り、ツンドラ地帯のような様相を呈している所もある。
[旭岳のキバナシャクナゲ゛]
[暑寒別岳のエゾノハクサンイチゲとチシマキンバイ]
また、日本海側の増毛山地や北部の海岸地帯にも原生花園と呼ばれる湿地に広大な花園が広がっており、北の大地を彩っている。
お花畑を構成する高山植物は、本来、氷河時代に北から南下した植物が、温暖化と共に生育環境に近い寒冷な高山に取り残されたものである。したがって、気象条件が揃えば平地でも生き延びられるのである。
[雨竜沼湿原のエゾゼンテイカ]
[多種の花が咲き乱れる霧多布岬]
北海道に比べ緯度の低い本州は夏期の高温のため、高山植物は標高2,500m以上の高木の生育限界を超えた灌木帯(ハイマツ帯)に主に分布する。しかし、高木の生育できない日本海側の多雪地帯では標高1,500mでもお花畑が広がり、局地的な条件による例外的な分布がかなり多い。日本アルプスや白山、八ヶ岳、上信越、飯豊、朝日、奥羽山脈などには個性的なお花畑の名所が数多く存在する。
[槍沢のシナノキンバイとハクサンイチゲ]
[朝日連峰 祝瓶山のアズマシャクナゲ]
[ヤナギラン(斑尾山)]
[ヒメサユリ(御神楽岳)]
第三章 失われゆくお花畑 最近の地球温暖化の影響で世界中の山岳氷河が減少している。日本の高山でも夏の気温が上昇し、生態系に異常をきたしている。立山では雪解けが早くなり、山麓のキツネが室堂まで上がってきて雷鳥を襲い、数が減少してきているという。また、尾瀬でも積雪量の減少により、乾燥化が進んで鹿が湿原に入り込み、湿原植物を食べ始めた。鹿の増殖は全国で問題になっており、鉢伏山や霧ヶ峰の車山山頂付近を覆っていたニッコウキスゲを食べ尽くしてしまった。また、南アルプス南部の光岳センジガ原のお花畑や聖岳の聖平のニッコウキスゲの大群落も鹿の食害でなくなってしまった。あとに残ったのは、一面の枯草の原である。その中にぽつぽつと毒草のバイケイソウの葉が生え一種異様な光景である。
[30年前の車山のニッコウキスゲ]
[35年前の光岳センジガ原]
[35年前の聖平のニッコウキスゲ]
[35年前の聖平のお花畑]
この生態系の変化に我々登山者はどう向き合えば良いのか? 山の自然は変わらないというが、不毛の地がどんどん広がっていくのを見るのは、やはり残念でならない。
[高山植物の女王 コマクサ(北海道トムラウシ山)]
posted by 高松山の会 at 20:47|
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